チーママ。だんだんじゃなくて、くるりとなんだ。
・scene 1
大通公園を背にしてメインストリートを南へ。コンビニエンスストアを目印に、信号は渡らず、右に折れる。そして、三棟め。セクキャバ、スナック、バーが入居する八階建ての雑居ビル。それは、歓楽街薄野においてはあまりにも特徴の無いビルだ。ただし。一階のエレベーターエントランスの隅でパイプ椅子に腰掛けたブラックスーツの存在を除いて。
闘争か逃走か。
それを決するのは、アドレナリンの分泌による危機回避行動に相当するストレス応答。即ち、本能。
「9、8、バンカー」
ディーラーのコール。分泌されるアドレナリン。
そのビルのエレベーターは、三階に停まらない。いや、正確には、停まれない。1から8まである各階のボタンのうち、3だけはプッシュしても反応しない。
三階には気軽なレストランバーがあるはずだ。エントランスのガイドパネルでも可愛らしいバニーガールのイラストレーションがお気軽にどうぞ、と誘っている。だが、レストランバーまでの道程は容易ではない。
用のある者はまず、エントランスのブラックスーツに歩み寄り会員カードを提示する必要がある。ブラックスーツは会員カードを受け取ると、記載されているID番号と氏名をインカムを通して何処かに伝える。そして許可が下りるとエレベーター内のパネルを小さな鍵で開き、操作し、三階へと昇らせて、停める。
三階。エレベーターが開くとそこは、天井からダウンライトが一灯だけ照らされた小部屋。正面には重そうな扉とインターホンがあるだけで、他には何も無い。背後からインターホンに向かってID番号を読み上げるようブラックスーツに指示される。それに従うと、扉が、やっと、開かれる。
扉の向こう側。手前には、所狭しと並べられたスロットマシン。そして中央には数台のバカラテーブル。奥にルーレット。金歯の老人。全身を外資ブランドで固めた厚化粧。一攫千金を狙う若者。香水と煙草の匂い。そして渦巻く欲望の煙を払うように闊歩するバニーガール。
レストランバーに偽装した闇カジノ。
「ナイスキャッチ」
賭けがおよそ倍になって戻ってくる。これで三連続でシューターを勝ち抜けた。目前に積み上げられた、まるで摩天楼のようなコイン。まだだ、まだイケる。
その夜、タキムラは、バカラに興じていた。
・scene 2
タキムラはIT企業に勤める営業マンだ。経営者や水商売風俗関係者、そして暴力団組員。いわゆるやくざ者が多く集まる闇カジノにあって、タキムラのようなビジネススーツの一般人は異色の存在だ。
タキムラがこの世界の存在を知ったのは去年の夏、いつもの料亭でのいつもの接待の後。これでいつものキャバクラでは面白味が無いからと、取引先の重役に連れられて来たのがきっかけだ。最初のうちは、果実酒を片手に5点バランスのテーブルでちびちび遊んでいる程度だった。それが、回数を重ねる毎にだんだんレートが大きくなって、一年経った今では、今夜のように独りでやって来て、一晩で数百万円の勝ち負けをするまでになっていた。
・scene 3
「少しお時間よろしいですか?」
ディーラーが新品のトランプの封を切り、シャッフルを始める。次のシューターが開始されるまで、もう少し時間がある。タキムラは、レストルームで用を足していた。
「なんですか」
ちろちろと用を足しながら、応える。こんなときに全く失礼なヤツだ。股間に添えた手元から視線を外し、僅かに顔を振り、失礼なヤツを視界に捉える。ラグジュアリーなブラックスーツ。135番手3子撚りで織られた最高級シャツ。高身長。痩せ型。そして恐ろしく日に焼けたオールバックの色男が、タキムラを見下ろしていた。
「調子は芳しくなさそうですね」
「そうでもないですよ」
そう言うとタキムラは、身体をぶるぶるっと震わせ、用を終えた。
「濃い色のお小水は、肝臓が弱っている証拠です。ご自愛を」
「ああ、そっちですか。どうも」
「だが、しかし。先程のシューターを拝見していましたが、此方の方は頗る好調のご様子」
チャックを上げて振り返ると、恐ろしく日に焼けたオールバックの色男は両の手でトランプを捲る仕草をしながら、口元から犬歯を覗かせて微笑んでいる。右腕には、ダイヤモンドで装飾されたスイス名門メーカーの特別モデル。なんだこいつ。バブリーな、ホモ?
「ああ、どうも」
「そこで、です。今夜、大金を獲得されるであろう貴方に、是非、ご紹介差し上げたい女性がいるのです」
「は?」
「最上級の女性です。きっと気に入っていただけると思います」
そう言って、恐ろしく日に焼けた色男は、ジャケットの内ポケットから一枚の写真を取出した。それを見た、瞬間。タキムラの脳内から大量のアドレナリンが分泌され、心拍数が一気に上昇した。瞳孔が散大する。思わず、声を上げそうになった。
リサ・・・ッ!
化粧が濃いが、間違いない。タキムラと同じ会社の総務部の。社内のアイドル的存在の。
そして、密かな関係の。リサが、艶めかしいドレスを纏い、写真の中で微笑を浮かべていた。
「良い娘だね。次のシューターが終わったら詳しい話を」
それは、身体の中で暴れる歪みを押さえ込み、やっとの思いで吐いた台詞だった。
・scene 4
最悪だ。
「2、7、プレイヤー」
ディーラーのコール。九連続プレイヤーに、どよめきが起きる。そのどよめきに触発されて、他のテーブルからギャラリーが寄って来る。その群れの中に恐ろしく日に焼けた色男。
「8、9、プレイヤー」
これで十連続。摩天楼がまた切り崩される。タキムラの賭けは、出だしからずっとバンカー。このシューターで、タキムラは既に120万円を溶かしていた。
タキムラの本能は麻痺していた。脳がヒリヒリする。過剰なアドレナリンによる脳内麻薬物質の分泌が原因だ。ただ、少しの間が欲しかっただけなのに。この無常を前にしてタキムラの思考回路は完全に分断されていた。ルックすらできない。理性までも麻痺している。更に30万円を、バンカー。
「4、6、プレイヤー」
もがけばもがくほど
「0、2、プレイヤー」
十二連続。そうだ蟻地獄に似ている。
もう、ギャラリーの無言の嘲笑も気にならない。タキムラのバッドラックに感付き逆張りを仕掛ける金歯の老人への憤りも消えた。捕食者さん、好きなだけ得てね。回避不能のストレスに晒され続けた餌食に訪れる最期の救い。無痛覚。
摩天楼は消滅した。プレイヤーに、残りを全部。
「9、0、バンカー」
非現実感。寧ろ、笑いが込み上げる。
「残念でしたね。先程の件は、またの機会に」
肩越しに小声でそう言って、恐ろしく日に焼けた色男は、金歯の老人の背後に憑いた。
・scene 5
夜風が心地よく頬を撫でる。
さっきから、それに呼応するように眼球だけがゆらゆらと揺れている。タキムラは歩道の縁石に膝を曲げて腰をおろし、例の雑居ビルを眺めていた。
左の鎖骨のほくろ、そして胸元のベビートリニティ。リサと肌を重ねる度にキスをした、そしてリサの誕生日に贈った、タキムラだけが知る証拠。あの女性はリサ。他人の空似である可能性は限りなくゼロに近い。真実を悟る恐怖。だが、それよりもっとタキムラを苦しめていたのは、写真の中のリサの首筋に青く残ったふたつの小さな痣。未知なる存在だった。足元には煙草の吸殻が四本。徐に、五本目に火を付ける。
歓楽街の喧騒。気分は最悪だが、随分と落ち着いては、きた。
この街での女性の容姿は、俗世の男性の学歴と同義だ。それさえ良ければなんにだってなれる。モデル、フロアレディ、エステティシャン。そして、風俗嬢。薄野で、リサは一体何になったというのか。
風俗嬢。
否定はできない。寧ろ、あの恐ろしく日に焼けた色男のアプローチ手法から察するに、残念ながらそれか、若しくは想像を超えた何かの可能性が高い。いずれにしろ、一体何の為に?愚問が過ぎた。勿論、金だろう。
そして、最も重要なのは恐ろしく日に焼けた色男。ヤツは一体何者か。なのだが。
まあ、試してみるか。
タキムラは、五本目の煙草をアスファルトで揉み消すと、一棟隔てたコンビニエンスストアで缶コーヒーとファンデーションを購入して踵を返し、歩道から、ビルに背を向け、ファンデーションの鏡でブラックスーツを映し、確信を得た。そして、一階のエレベーターエントランスの隅でパイプ椅子に腰掛けたブラックスーツに歩み寄った。
「ほい、差し入れ。ブラック飲めたよな?」
「聞きましたよ、プレイヤーの十二連荘ですってね。ご愁傷様です」
左耳のインカムを中指でトントンとやりながら、ブラックスーツは人懐こい笑顔を浮かべる。
「ああ、参ったよ。ここ最近のプラスをほとんど持ってかれちまった」
「マイナスじゃないなら良かったです。もう一度登ります?」
「いやいや、もうやめとくわ。それよりさっき上の便所でキャッチされたんだけどさ。なんか知ってる?」
「ああ、マツザキさんですかね?」
「名前は聞いてないな。特徴は、色黒で、俺よりも背が高くて」
「ちょいワルな?」
「ハハハ、そうそう」
「それならマツザキさんですね。ちなみにあのクルマ、マツザキさんのですよ」
ブラックスーツの中指は、ビルに横付けされたオブシディアン・ブラックのメルセデスを示していた。CLS63AMG。4915×1875×1430ミリメートル。その流麗なロープロポーションは、息を飲むほど。アート作品とも言うべき美しさだ。だが、繊細な印象とは裏腹にボンネットの内側にはDOHC6.3リッターV型8気筒のモンスターエンジンが搭載されている。
「ちょいワルな彼にピッタリだな」
「ですよね、ハハハ」
「で、彼の店。どこにあるか知ってる?」
「あら。それ、聞いちゃいます?」
「なんだよ。ヤバイわけ?」
「うーん、どうなんだろ。でもマツザキさんに声を掛けられたんですもんね?」
「そう、写真もみせてもらった。一度は断ったんだけどそのコが気になっちゃってさ。やっぱりお願いしようかなってね」
ブラフ。
「それなら。じゃあ、まあいいか。お店は無いです」
「無店舗なのか。デリヘル?」
「とも違います」
「じゃあ、なんなのよ?」
「自動販売機です」
ブラックスーツの悪戯な笑顔。上目遣いに、鋭い犬歯を覗かせて。
「ああ、それでテレビ塔なわけな」
ギャンブル。
「そうですそうです。あ、でも、テレビ塔は警察沙汰になっちゃってもう使えないはずですよ」
ナイスキャッチ。分泌されるアドレナリン。
「警察沙汰?」
「知りませんか?コインロッカーのニュース」
「ああ、赤ん坊のか。警察沙汰は面倒だな。やっぱ他の店にしとくわ。じゃあな」
「え?あ、はい。コーヒーご馳走様でした」
繋がった。脳内に積み上がる、情報のコイン。
こいつら、吸血鬼だ。
・scene 9
・
・scene 1
大通公園を背にしてメインストリートを南へ。コンビニエンスストアを目印に、信号は渡らず、右に折れる。そして、三棟め。セクキャバ、スナック、バーが入居する八階建ての雑居ビル。それは、歓楽街薄野においてはあまりにも特徴の無いビルだ。ただし。一階のエレベーターエントランスの隅でパイプ椅子に腰掛けたブラックスーツの存在を除いて。
闘争か逃走か。
それを決するのは、アドレナリンの分泌による危機回避行動に相当するストレス応答。即ち、本能。
「9、8、バンカー」
ディーラーのコール。分泌されるアドレナリン。
そのビルのエレベーターは、三階に停まらない。いや、正確には、停まれない。1から8まである各階のボタンのうち、3だけはプッシュしても反応しない。
三階には気軽なレストランバーがあるはずだ。エントランスのガイドパネルでも可愛らしいバニーガールのイラストレーションがお気軽にどうぞ、と誘っている。だが、レストランバーまでの道程は容易ではない。
用のある者はまず、エントランスのブラックスーツに歩み寄り会員カードを提示する必要がある。ブラックスーツは会員カードを受け取ると、記載されているID番号と氏名をインカムを通して何処かに伝える。そして許可が下りるとエレベーター内のパネルを小さな鍵で開き、操作し、三階へと昇らせて、停める。
三階。エレベーターが開くとそこは、天井からダウンライトが一灯だけ照らされた小部屋。正面には重そうな扉とインターホンがあるだけで、他には何も無い。背後からインターホンに向かってID番号を読み上げるようブラックスーツに指示される。それに従うと、扉が、やっと、開かれる。
扉の向こう側。手前には、所狭しと並べられたスロットマシン。そして中央には数台のバカラテーブル。奥にルーレット。金歯の老人。全身を外資ブランドで固めた厚化粧。一攫千金を狙う若者。香水と煙草の匂い。そして渦巻く欲望の煙を払うように闊歩するバニーガール。
レストランバーに偽装した闇カジノ。
「ナイスキャッチ」
賭けがおよそ倍になって戻ってくる。これで三連続でシューターを勝ち抜けた。目前に積み上げられた、まるで摩天楼のようなコイン。まだだ、まだイケる。
その夜、タキムラは、バカラに興じていた。
・scene 2
タキムラはIT企業に勤める営業マンだ。経営者や水商売風俗関係者、そして暴力団組員。いわゆるやくざ者が多く集まる闇カジノにあって、タキムラのようなビジネススーツの一般人は異色の存在だ。
タキムラがこの世界の存在を知ったのは去年の夏、いつもの料亭でのいつもの接待の後。これでいつものキャバクラでは面白味が無いからと、取引先の重役に連れられて来たのがきっかけだ。最初のうちは、果実酒を片手に5点バランスのテーブルでちびちび遊んでいる程度だった。それが、回数を重ねる毎にだんだんレートが大きくなって、一年経った今では、今夜のように独りでやって来て、一晩で数百万円の勝ち負けをするまでになっていた。
・scene 3
「少しお時間よろしいですか?」
ディーラーが新品のトランプの封を切り、シャッフルを始める。次のシューターが開始されるまで、もう少し時間がある。タキムラは、レストルームで用を足していた。
「なんですか」
ちろちろと用を足しながら、応える。こんなときに全く失礼なヤツだ。股間に添えた手元から視線を外し、僅かに顔を振り、失礼なヤツを視界に捉える。ラグジュアリーなブラックスーツ。135番手3子撚りで織られた最高級シャツ。高身長。痩せ型。そして恐ろしく日に焼けたオールバックの色男が、タキムラを見下ろしていた。
「調子は芳しくなさそうですね」
「そうでもないですよ」
そう言うとタキムラは、身体をぶるぶるっと震わせ、用を終えた。
「濃い色のお小水は、肝臓が弱っている証拠です。ご自愛を」
「ああ、そっちですか。どうも」
「だが、しかし。先程のシューターを拝見していましたが、此方の方は頗る好調のご様子」
チャックを上げて振り返ると、恐ろしく日に焼けたオールバックの色男は両の手でトランプを捲る仕草をしながら、口元から犬歯を覗かせて微笑んでいる。右腕には、ダイヤモンドで装飾されたスイス名門メーカーの特別モデル。なんだこいつ。バブリーな、ホモ?
「ああ、どうも」
「そこで、です。今夜、大金を獲得されるであろう貴方に、是非、ご紹介差し上げたい女性がいるのです」
「は?」
「最上級の女性です。きっと気に入っていただけると思います」
そう言って、恐ろしく日に焼けた色男は、ジャケットの内ポケットから一枚の写真を取出した。それを見た、瞬間。タキムラの脳内から大量のアドレナリンが分泌され、心拍数が一気に上昇した。瞳孔が散大する。思わず、声を上げそうになった。
リサ・・・ッ!
化粧が濃いが、間違いない。タキムラと同じ会社の総務部の。社内のアイドル的存在の。
そして、密かな関係の。リサが、艶めかしいドレスを纏い、写真の中で微笑を浮かべていた。
「良い娘だね。次のシューターが終わったら詳しい話を」
それは、身体の中で暴れる歪みを押さえ込み、やっとの思いで吐いた台詞だった。
・scene 4
最悪だ。
「2、7、プレイヤー」
ディーラーのコール。九連続プレイヤーに、どよめきが起きる。そのどよめきに触発されて、他のテーブルからギャラリーが寄って来る。その群れの中に恐ろしく日に焼けた色男。
「8、9、プレイヤー」
これで十連続。摩天楼がまた切り崩される。タキムラの賭けは、出だしからずっとバンカー。このシューターで、タキムラは既に120万円を溶かしていた。
タキムラの本能は麻痺していた。脳がヒリヒリする。過剰なアドレナリンによる脳内麻薬物質の分泌が原因だ。ただ、少しの間が欲しかっただけなのに。この無常を前にしてタキムラの思考回路は完全に分断されていた。ルックすらできない。理性までも麻痺している。更に30万円を、バンカー。
「4、6、プレイヤー」
もがけばもがくほど
「0、2、プレイヤー」
十二連続。そうだ蟻地獄に似ている。
もう、ギャラリーの無言の嘲笑も気にならない。タキムラのバッドラックに感付き逆張りを仕掛ける金歯の老人への憤りも消えた。捕食者さん、好きなだけ得てね。回避不能のストレスに晒され続けた餌食に訪れる最期の救い。無痛覚。
摩天楼は消滅した。プレイヤーに、残りを全部。
「9、0、バンカー」
非現実感。寧ろ、笑いが込み上げる。
「残念でしたね。先程の件は、またの機会に」
肩越しに小声でそう言って、恐ろしく日に焼けた色男は、金歯の老人の背後に憑いた。
・scene 5
夜風が心地よく頬を撫でる。
さっきから、それに呼応するように眼球だけがゆらゆらと揺れている。タキムラは歩道の縁石に膝を曲げて腰をおろし、例の雑居ビルを眺めていた。
左の鎖骨のほくろ、そして胸元のベビートリニティ。リサと肌を重ねる度にキスをした、そしてリサの誕生日に贈った、タキムラだけが知る証拠。あの女性はリサ。他人の空似である可能性は限りなくゼロに近い。真実を悟る恐怖。だが、それよりもっとタキムラを苦しめていたのは、写真の中のリサの首筋に青く残ったふたつの小さな痣。未知なる存在だった。足元には煙草の吸殻が四本。徐に、五本目に火を付ける。
歓楽街の喧騒。気分は最悪だが、随分と落ち着いては、きた。
この街での女性の容姿は、俗世の男性の学歴と同義だ。それさえ良ければなんにだってなれる。モデル、フロアレディ、エステティシャン。そして、風俗嬢。薄野で、リサは一体何になったというのか。
風俗嬢。
否定はできない。寧ろ、あの恐ろしく日に焼けた色男のアプローチ手法から察するに、残念ながらそれか、若しくは想像を超えた何かの可能性が高い。いずれにしろ、一体何の為に?愚問が過ぎた。勿論、金だろう。
そして、最も重要なのは恐ろしく日に焼けた色男。ヤツは一体何者か。なのだが。
まあ、試してみるか。
タキムラは、五本目の煙草をアスファルトで揉み消すと、一棟隔てたコンビニエンスストアで缶コーヒーとファンデーションを購入して踵を返し、歩道から、ビルに背を向け、ファンデーションの鏡でブラックスーツを映し、確信を得た。そして、一階のエレベーターエントランスの隅でパイプ椅子に腰掛けたブラックスーツに歩み寄った。
「ほい、差し入れ。ブラック飲めたよな?」
「聞きましたよ、プレイヤーの十二連荘ですってね。ご愁傷様です」
左耳のインカムを中指でトントンとやりながら、ブラックスーツは人懐こい笑顔を浮かべる。
「ああ、参ったよ。ここ最近のプラスをほとんど持ってかれちまった」
「マイナスじゃないなら良かったです。もう一度登ります?」
「いやいや、もうやめとくわ。それよりさっき上の便所でキャッチされたんだけどさ。なんか知ってる?」
「ああ、マツザキさんですかね?」
「名前は聞いてないな。特徴は、色黒で、俺よりも背が高くて」
「ちょいワルな?」
「ハハハ、そうそう」
「それならマツザキさんですね。ちなみにあのクルマ、マツザキさんのですよ」
ブラックスーツの中指は、ビルに横付けされたオブシディアン・ブラックのメルセデスを示していた。CLS63AMG。4915×1875×1430ミリメートル。その流麗なロープロポーションは、息を飲むほど。アート作品とも言うべき美しさだ。だが、繊細な印象とは裏腹にボンネットの内側にはDOHC6.3リッターV型8気筒のモンスターエンジンが搭載されている。
「ちょいワルな彼にピッタリだな」
「ですよね、ハハハ」
「で、彼の店。どこにあるか知ってる?」
「あら。それ、聞いちゃいます?」
「なんだよ。ヤバイわけ?」
「うーん、どうなんだろ。でもマツザキさんに声を掛けられたんですもんね?」
「そう、写真もみせてもらった。一度は断ったんだけどそのコが気になっちゃってさ。やっぱりお願いしようかなってね」
ブラフ。
「それなら。じゃあ、まあいいか。お店は無いです」
「無店舗なのか。デリヘル?」
「とも違います」
「じゃあ、なんなのよ?」
「自動販売機です」
ブラックスーツの悪戯な笑顔。上目遣いに、鋭い犬歯を覗かせて。
「ああ、それでテレビ塔なわけな」
ギャンブル。
「そうですそうです。あ、でも、テレビ塔は警察沙汰になっちゃってもう使えないはずですよ」
ナイスキャッチ。分泌されるアドレナリン。
「警察沙汰?」
「知りませんか?コインロッカーのニュース」
「ああ、赤ん坊のか。警察沙汰は面倒だな。やっぱ他の店にしとくわ。じゃあな」
「え?あ、はい。コーヒーご馳走様でした」
繋がった。脳内に積み上がる、情報のコイン。
こいつら、吸血鬼だ。
・scene 9
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