妻は、IT業界で働いていた。

ぼくと違って上流階級専門。

 

「コードは一行も書けない」と言っていた。

でも、そんな妻がプログラミングに挑戦したことがある。

 

うちにあった古いMacbook Proで。

古いので、iPhoneのエミュレートがすごく遅く、スローモーションで動いてた。

でも、妻はそんなことに文句は一言もいわなかった。

 

結局、妻は、入門書を読みながら、”じゃんけんゲーム”を完成させた。

 

家に残されたMacbook Proをどうすればよいのか、ぼくはわからなかった。

ひとまず、SNSの掲示板で売りに出したものの、あまり、乗り気にもなれなかった。

想い出の品だから。

 

と言って、ずっと持ってるのが正解とも思えなかった。

家内は、あるとき、ビジネススクールに通っており、そのときに用意したPCも家に

残されていたから。

 

先日、そのPCに問い合わせが来た。

えらく、たどたどしい日本語で。

待ち合わせ場所が指定されており、「ここから遠いですか?」と聞かれた。

バイクで行けば1時間も掛からない距離だったし、なじみのある場所だった。

 

ぼくは、相手の指定する時間にそこに行くことにした。

空振りになっても特に気にしない、そんな感じで。

 

待ち合わせの時間になっても相手は姿を現さない。

「ごめん、まだ学校。テストの用意があって遅れる」

 

そんな連絡が届いた。

たまに講師をすることもあるので、学生の大変さはよく知っている。

そんなこともあり、ぼくは近くの公園のベンチで本を読んで過ごすことに決めた。

まだ日が明るかったので、こどもの遊んでる姿もあり、居心地はよかった。

 

人が楽しそうに過ごす空間にいることが、ぼくは好きだ。

本を読んで、1時間くらい過ごした頃、相手から連絡がきた。

 

ベトナムから日本に来て2か月くらいらしい。

大学の授業で使いたくて、パソコンを捜していたらしかった。

この古いMacbook Proがその用途を満たせるのか、ぼくにはわからなかった。

 

二人の会話は、相手のスマートフォンの翻訳アプリ経由。

自分の発した言葉がみたことのない文字に変換されて、相手はそれを読んでいる。

 

ぼくが米国へ行って同じことが出来るかと言えば、どうなんだろう?

若さと勇気と行動力には敬意を感じる。

 

妻が若い頃、ボストンに留学した話を幾度も聞いている。

働いて、お金を貯めて、半年、留学したという話。

百万円貯めて、単身で渡米している。

現地でのトラブルの話も。

 

さて、話を戻そう。

その留学生は、Macbook Proを買うかどうか迷っていた。

ぼくは、背中を押してみた。

”千円でどう?”

 

千円なら、それが使えなくても損失も少ないだろう、と思ったのだ。

その価格が適正かどうかは、わからなかった。

でも、遠い国に希望を抱いてくる人を応援したかった。

妻も、きっと米国で、そういう経験をしている。

 

話は、まとまった。

 

「一行もコードを書けない」

そう言っていた妻がプログラミングを勉強したPC。

それを留学生に渡せた。

自己満足かもしれない。

 

でも、それでよい気がした。

 

古いけど、たった一つだけ、良い点がある。

メモリはね、16GB積んでいる。

 

スローモーションで動いているiPhoneのエミュレートが少しでも早くなるように。

妻におくったぼくなりの愛情。

効果はあまりなかった気がする。

 

想い出を一つ、別な想い出に変えることが出来た。

妻もきっと、この話を喜んでくれる。

 

妻が暮らしたことのある街。

そして、ぼくも暮らしたことのある街。

そんな場所で、留学生にあったのも、きっと何かの縁。

 

楽しい一日だった。