久しぶりの更新です。
先週、今週と
太鼓
のワークショップがありました
先週は山本綾乃さんを講師に向かえ、親子共に
充実した二日間を過ごしました
楽しかった~
そして今週は公民館事業で我らが
松明太鼓
が
ちびっ子達に太鼓体験をしてもらいました
ぴよ
は2週続いての太鼓体験に大喜び
『
かえるのうた
』に合わせて元気に打ち切りました
ぴよもわっちゅも楽しそう~![]()

先日の土曜日と日曜のことです。
復興応援
ということで、
ブライトリングジェットチーム
が
アジアツアーの最終日にと、この福島を選んでくださいました
トップガン世代の人にはもうたまりません![]()

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「大空を見上げよう」という空
を見上げて元気と勇気を取り戻そうという
プロジェクトで、2日間にわたり福島の大空を
編隊飛行
をしながら
飛んでいただけるという
離発着をする空港は我が家から車で15分程度のところにあるので
これは見に行かなくては
と意気込んで行って参りました![]()
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かっちょええ~っ![]()
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何て絵になるんでしょう![]()
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もちろん、パイロットの方々とも写真を撮りました
前に出ない東北人の気質のせいでしょうか、パイトッロの方々が
目の前を何度も通り過ぎるのに、みなソワソワするばかりで
誰も声をかけないので、ここは私が
と、子供達を引き連れて、
超~カタコト英語(というより単語の羅列
)とジェスチャーで
写真を撮ってもらいました

それを見ていた周囲の方々も次々と撮ってもらっていました
ただ、サイン帳を持っていかなかったのが残念でした~
当日はあいにくの曇り空で、予定していた南相馬、相馬は
フライトが中止となってしまいました![]()
こ一時間程で帰還した
BJT
は、編隊を組んで登場![]()
友達と年甲斐もなくキャーキャー
と騒いでいたので、主人と
友達の旦那さんからは後で「他人のフリしたかった
」と
言われてしまいました![]()
あれをナマで見て興奮しないほうがおかしいよ~![]()
帰還が済んで、翌日のフライトの為にと宿へパイロットたちが
戻ってすぐ、
が・・・。
皆の想いが雨を押しとどまらせてくれたのかな?
゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
翌日は小名浜でアクロバット飛行をするということなので
はりきって早起きして向かいました
1時間半かけて三崎公園に到着![]()
目の覚めるような青空
周囲にはなんじゃこりゃって
いうくらい大きな望遠レンズを持ったカメラマンがうじゃうじゃ
いわきは線量が低めなので、子供達も久しぶりの公園に
大興奮![]()
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ところが・・・
フライトまであと1時間
てあたりで、みるみるうちに
こんな天気に・・・
浜の天気は変わりやすいとは聞いていたけど、よりにもよって
でもね、
BJT
は帰国をキャンセルして天候回復を
待ってくれるとの報告があり、その男気に
半袖でも暑いくらいだったのに、冷たい海風に吹かれ耐え忍ぶこと
7時間・・・
ようやく霧が少し晴れてきました![]()
(既に2/3位の方々が帰っていきました・・・
)
すると耐え忍ぶ方々に朗報が![]()
日本人のアクロバット飛行
の方がテストフライトで我々のところへ
飛んできてくれたのです

驚くほどの低空飛行に幾度となく繰り返されるアクロバット飛行に
諦めムードだった観客はまさに
狂喜乱舞![]()
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しかも続けざまに
BJT
が飛行準備に入り、滑走路を
動き出す姿が![]()
キターーーーッツ!!
みな、「信じて待ってよかった
」と一体感が![]()
待ってましたと主人と友人はビールを乾杯![]()
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ところが・・・
待てど暮らせど朗報が届きませんで・・・
結果
悪天候によりフライトは中止
もうね、立ち直れませんでしたよ・・・![]()
一度絶頂まで上り詰めただけに落とされ感はハンパなかったです![]()
せめて帰るのを見送ろうと車に飛び乗りましたが、みな考えは
同じでしたね
普段の倍の時間がかかってしまい、結局見送りにも
間に合いませんでした
なんとも言えないほどの虚無感で数日をすごしましたが、ギリギリまで
天候回復を願い待ってくれた
BJT
に感謝の気持ちでいっぱい
です
ぜひまたリベンジに福島に来て欲しいと思います![]()
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感動をありがとう~![]()
重い話です。
記録として書いているので、気になる方は閲覧をご遠慮
くださいね。
今年もこの日がやってきました。
もう2年。まだ2年。
少しずつ町並みは元通りになりつつあるけれど、まだまだ
大きな爪あとがところかしこに見られます。
特に福島の浜通りと呼ばれる海沿いは時が止まったまま
のような箇所も多々あります。
先日、原発近くに住んでいらっしゃった方とお話をする
機会があって、その時に聞いた話が忘れられません。
ある消防団の方が、津波に合われた方を助けにいっている中
「助けて」という声がたくさん聞こえたそうです。
一人では無理なので仲間を呼びにたった数分、離れた隙に
原発の爆発により立ち入り禁止になってしまったそうです。
助けてという声が聞こえるのに、立ち入り禁止だと言われ
中に入れてもらえなかったんです。
助けることが出来る距離にいるのに。
その方は今もそのことを悔やんでいるそうです。
他県の津波被災者はギリギリまで助けてもらえたのに、
福島の津波被災者は多くが見殺しにされたそうです。
お話を伺った方たちは今は借り上げ住宅に住んでいますが、
避難所でも仮設でも大変な思いをしてきたそうです。
病院へ行けば「お前達がいるから病院がこむんだ。
出て行け!」と言われ、
仕事を探しにいけば「お前達がいるから地元民の
俺達は仕事がなくなるんだ。帰れ!」と言われ、
仕事が決まれば仮設の中でさえも「うちはまだ決まって
いないのに・・・」と妬まれ・・・。
家を購入しようと不動産やへ行き、原発被災者と知るや
値段が倍近くまで跳ね上げられ・・・(賠償金貰ってるんでしょと)
そんな心無い人がいるなんで、同じ福島県民として恥ずかしいです。
「出て行け、帰れっていいますけど、どこに帰れって言うんでしょうね」
「たくさんお金を貰って羨ましいという人がいますけど、それなら
私と生活変わってみますか!?理不尽に故郷も財産も思い出も
奪われ、どこにも身の置き所がない私と!!」
そう涙ながらにおっしゃっていたその方は、「太鼓を打っている
時だけが笑顔になれるんです」と楽しそうに太鼓を打っていました。
しかもその太鼓、(担ぎ桶なのですが)太鼓仲間と皮をなめす
ところから全て手作りされたんです。
今は仲間もあちらこちらに散ってしまい、なかなか集まっての
練習はできないそうですが、これからも太鼓は続けていく
そうです。
私も出来る限り応援したいと思います。
あと数時間で、あの時間になります。
心から犠牲となられた方々のご冥福をお祈りするとともに
残された私達が出来ることを精一杯やっていきたいと思います。
合掌