久々に、三島先生の言葉を思い出す。

覚悟、ある意味、自己の思想のエグジット部分だと思うけど

それは、常に確認されなければならない、と。

それもそのはず。

この覚悟というものは、その時点の自己の中では固定化されたものだとしても、外界の影響を受け、その影響を受けた自分により必要に迫られて修正される場合がある。

単に、確認しただけで終わることもあれば、切り取りが必要だったら、別のものに挿げ替えたり、と。

あるものが始まれば、別のものは、これまでと同じようにはいられないはず。

それが、物事である。

全く無機質なもの同士でさえも、自己の思想といいますか、人の思考、気持ち、感情を媒介として、または歯車として、連関しあっている。

 

生物学的には、エネルギー消費の激しい思考というアクションを、僕は、忌み嫌うことはない。