子どもはすごい勢いで成長することがある。

もう少しモノを考えられる大人が、容易に思いつきそうなことを、むしろ大人が失念しており、それが予想外に繋がっているという状況。

 

教育は、必ず双方向。お互いが成長できる場でなくてはならない。

もちろん、細部まできめ細かくフォローしていく場面の方が多いだろうが、それを全体として捉えて、常に自分が子どもを支えていると思い過ぎないことが大切だと思う。

たった一回の授業でさえも、その後すぐに大部分を忘れてしまったとしても、その授業の欠片がココロに残れば、その微妙に火照った石粒の温度にいつの日か、また気づくこともあるだろうと思う。

賭けとかそういう単純な話ではないのだけれども、子どもには、時間もお金も運命もかけていいと思っている。

もちろん、リターンが得られるほうが少ないと思う。とくに、ただの教師と子どもの関係ではね。

でも、いいんだ。

子どもの成長こそ、この国の運命を決めるだろうし、原石であり、ポイントなのだよ。

だから、先達者は、少しでも能力があるなら、その自分を使って、この先の子どもたちのために、何かをやり遂げなければならない。

 

まぁ、少なくとも、僕は、そういう考えだよ。

機会があれば、自分の全力を出し尽くしてやろうと考えている。

 

社会起業家。

社会に貢献できる人間。明日の社会を作る子どもたちをもっと高いところへ送り出す役目。

これが、最終的に僕がやりたいことではないか?どうだろう。わからない。

半学半教ということからすれば、一生自転車の車輪のように進んでいかなければならない、道なのだけれども。

ちょっと調べてみようか。