幸せにすることをゴールと設定した場合の話。

政治家は、この民主主義の下においては、不幸な人が出ることは当然の前提として自らの職務を遂行する。

悪い言い方をすれば、割り切り。

幸せになれな人がいるけども、というところ。やはり、国民の代表というより、国のために、多数派の人のためにどうすればよいか、という世界だと思う。

もちろん、僕は、直ちに左派というわけではない。事実として言っている。

弁護士は、目の前の不幸な人を幸せにするために仕事をしている。その意味で、必ず100点がある世界。

だから頑張れると思う。

ただ、目の前の人が幸せになれば、相手方のことまで意識する必要はない。

その意味では、はなっから、善と悪というか、世界を二分するような性質も持つ。

このように錯綜しているのは、立場とか視点を固定せずに自由に語っているからだと思うが

結局、あれか、抽象的には、大した差異はないのか?

あいかわらず、答えは分からない。