例えば、不意に撮影された写真に、その人の癖が写り込んでいたとき。
それも、その人が見た時にしか、およそ分からないような癖。
知らず知らずのうちに、僕は自分の素を日常的に晒け出していると見えて
勝手に怖くなっている。
誰も気にしないし気づかないだろうけれど、外向きに敏感な性格は
直ぐに自分を動揺させる。
ただ、およそ特徴のない生き方、他人に悟られないような中性的な生き方を望むのかと聞かれれば、頷きはしない。
こんなスパイラルに勝手に陥っている。
でも、決断をしなければならない地位にいると、どうにも、利益なりを比較して
どちらかの答えを導くんだろうなとも思っている。
こんな思考時間すら、無意味なんでしょうか。