何気ない日常の中に、別離とか惜別とか、死ぬるとかが紛れ込んでいる。
紛れこんでいるというか、それすらも決まっていたもの?

ママは、いつ別れが訪れるかは分からないから
あのときどんな顔して出て行ったかとか、どんな服着てたかとか
そういうのは(忘れっぽくはなったとしても)、そのときは、みていたい、覚えていたいから
角を曲がって見えなくなるまで、車が小さくなるまで、見送る、ということらしい。

あと数秒後、数分後のことが分からない不完全な全人類にとっては、大変に温かな気持ちにさせてくれる人である。