理屈通りに進めれば、だいたいは、まともな現象や事実に落ち着くものと思っている。
文字や理屈だけではなくて、気持ちや感情、それから、空気感とかが入ると必ず例外は起きてしまうのだが、それも許容範囲内であろう。
倫理をもとに進めれば、それは社会的には正当であるとして、外見を取り繕うこともできる。
しかし、理屈にあわない状況を維持することは、やはり無理や我慢を生じさせることにはなる。
それは、結局、長くは続かないだろう。
どちらがいいのか。
これも、当人の割り切り、周りの環境などによって決する。
人間がどんなに自由に生きようと思っても、自分ではどうにもコントロールし難いそれらに、いつも全うすることは叶わない。
生きるということは、常にしんどいものなのである、と思う。
自由に生きることは、本来叶わないとしたら、何のために生きているのか、ふと疑問に思うことがある。
叶わない目標を追い続けて、落差や批判に疲れるのなら、小出し悪さをして、発散して生きていくほうが、楽なのではないか?
よく分からないが、そういうことか?