柔肌の透き通る女性を、清廉さの残る描写で冷たく興奮するように描きたいものだ。
それは、小川とか初夏とか、そういった背景にも支えられているものとは思うが。
あどけなさに興奮したわけではなくて、今にも目の前で手が触れそうな臨場感と肌があったから。
ぼくは、大変に毒されているし、入り込みすぎたとは思う。
決して、官能的ではなくて、エロさではなくて、心が揺れ動くような、あの繊細な瞬間を描き出す技量に惚れ込んでいる。
我が太宰。