珍しく真面目なブログ。

 

先月、沢尻エリカが薬物で逮捕された。

それに伴い、各界から様々なコメントが寄せられている。

もちろん、個々の一般人からしても、色々な意見があると思う。

その中でも、特に、共感した意見は、社会学者の古市氏のものだった。

 

その意見は、大要

『推定無罪の原則がある中で、まだ起訴もされていない段階、もちろん公判で無罪と確定していない段階で、NHKが大河ドラマを降板させたり、各社がCMの違約金賠償を見積もるのは、ちょっとどうかなと』

ということである。

たしかに、日本の刑事裁判の大原則の1つである、推定無罪の原則からすれば、仮に沢尻が起訴され法廷で裁判をうけ、有罪判決を受けて初めて、罪が確定する。現時点では、検察官が、沢尻に対して勾留延長請求をして勾留延長をした段階。

すなわち、検察官が終局処分をしてはいない。

もちろん、沢尻の尿検査で陰性と判明しても、薬物を所持していたことは事実だから、検察官は十中八九起訴をするだろうし、沢尻が否認に転じなければ、十分に有罪判決が下される可能性が高い。

しかし、前記のとおり、推定無罪の原則。

国内、特に芸能界からは、既に有罪判決が下されたかのような対応が続いている。

理屈としては、おかしい。

 

これも、理屈と人情の話になるのだろうか。

でも、これらはせめぎ合いの関係にあるはずだから、一方が強くなりすぎるのも、よくないと思う。

 

これと併せて、池袋の過失運転致死罪の事案。

被疑者が逮捕されない理由を上級国民だからという理由で片付けようとする。

逮捕が理論的にどういうことなのかってことを法曹業界にいなくても、冷静に調べてみてもいい気がする。

匿名性とかのせいで、隠れながら発言できるから、フェイクニュースしかり、間違った情報や認識が拡散する。

 

これらを受けての法教育。

今までは、日常生活に困らないようにするという意味で、民事法分野を教えることが多かったと思う。

でも、もう少し、刑事法分野について、教える機会を増やしてもいいと思う。

それが、SNS関連の事件に繋がらないようにすることにも威力を発揮するとも思う。

 

自分は、こういうことをしても、救済される、大丈夫っていう意味での民事法分野よりも

今、自分がやっていることって、問題ないのだろうかとか、他者に対してマイナスな行動になっていないだろうかっていうチェック、内省をする意味での刑事法分野を優先すべきであるという意見である。

 

これから、SNSの普及も後押しして、自分なりの生活、個性、オリジナリティ、自分らしさを発揮する機会って増えるだろうし、当たり前の世界になってくると思う。

母校の『独立自尊』、すなわち、自由の中にも責任があるとか

『公共の福祉』、権利は制約を伴うもので、やりっぱなしではいけなくて、他人や社会のことを考えたなかで自由に生きられるってことを

教えていくべきなのではないかと考えている。

もちろん、まず、自分がそういう認識でいることも重要だけれど。