さっき走り終えてクールダウンをしているときに
雨が降ってきたことに気づいた。
しとしとしとしと、少し重さを含んだ水滴で、コンクリートにあたるときの音も、どこか衝突音が間延びしそうな感がある。
この地面にあたった時の音がたくさん鳴り響く中で、低く低く地鳴りしていくようなそんな風に聞こえてくる。
ラフマニノフの例のピアノ協奏曲第2番の盛り上がりのときの曲想については、以前のブログで言及した。
その盛り上がりの冒頭あたりを無限にリピートしているような時間が流れて、静かに心地が良い。
人が作り出した音が、自然の中で見出せるとき、何か宝物を発見したようなそんな気持ちになれる。
あぁ、ここにもあったんだとか。
ただ、僕の前記曲想は、下から上へ引き寄せられていくようなものだけど、
雨は物理的に上から下へと落ちていくものだから、
そこには逆説的なアプローチが存在している。
その点のココロの整理は、未だできていない。
他の盛り上がりの部分には、いつ出会えるだろうか。
夕立とかそういう現象が一つ予想されるものだけど。
自然って、自然だから、そこに決まりきったテンポ以外の何かがあるわけないと思う。
そうすると、人間が奏でる音の方が、人工的ではなく、不規則という意味でむしろ自然だと表現してみてもいいのだと思う。
自然の方が、意外と柔軟性がなくて、全てをそのエネルギーのままに表してしまうところがあると思う。