人生とは紙粘土のようだと思う。

それも、自分なのか神様なのかわからない誰かの手が、何年も何年もかけて、少しずつ、個性を纏った姿に創り上げていく。

 

それは、たぶん、20年くらいが1つのフェーズだと思う。

20年くらいで、自分の能力とか趣向とか、できることできないこととかが徐々に決まってくる。

一度切り離したものは、あとから付け加えることは難しい。

自分の中で、新しく生み出したり、自分の一部を犠牲にして、別の一部を補ってみたり。

 

そして、自分の更新。

自分は、こういうところに自信がないから、こういうことは絶対しないって誓ってみる。

誓って、それでいて、現実にやる。

頑なにやって、自分を必死で作ってみる。

個性を創り上げることと、過去の何かから逃げたくて、そうしてるのと、結局、どっちにストレートにきいてくるかはわからない。

 

でも、そういう風に考えたきっかけを分析しておけば、

そのきっかけを解消する事由が発生した場合は、おのずと、別の化学反応が起きて、別の結論に至るはずなんだ。

それを感じて、次に自分はどういう行動をとるのか、何を考えるのかを考えているのは、大変に楽しい。

もしかしたら、水平方向の変化に留まって、視界が変わっただけで終わるのかもしれないし

垂直方向に変化して、劇的な変化が訪れるのかもしれない。

 

自分が更新する場面を無意識的ではなく、意識的に観察できて、かつ更新の場面をコマ送りで楽しむことができれば

連続的な人生を感じることができて

さぞ面白いのかもしれないよ。

 

生きること、やめらんないね。