自分の内側への探求心はおさまらない。
さて、なぜあの過酷な環境でコーチングを約4年間も続けることができたのだろうか。
ふと考えた。
待ち時間が多いから思考っていうわけなんだが。
やはり、誰かの目標を自分にも共有して、サポートしたり時にリーダーシップをもって進めていく、その先に目標達成をし、その喜びをまた共有する。
リーダーシップとフォロワーシップのスイッチが、生き物のようで(少しゲーム感覚で)楽しいの。
誰かのために必要不可欠な存在になっていく過程も面白い。
そして、そのステップを繰り返す中で、僕は僕を前進させる。
それが、コーチングだと思う。
ハジメからオワリまで、一緒にいられる。トータルいられる。
インハウスも。厳密にいえば、既に企業活動はスタートしているのだから、ハジメからというわけにはいかない。
オワリの議論については、選手が絶えず入れ替われば、コーチという存在は必要とされ続けるのだから、同じ状況下に置かれるであろう。
誰かのために、ずっと寄り添っていられるところ。
それも、1つの紛争を通して、その一面だけを、(もしかしたら多面的に繋がれるかもしれないけども、基本は訴訟を軸に広がる対人関係だと思う)共有することでは
僕の人間に対する考え方が満足できないのだと思う。
通常はきつくて、続かないことを続けたという特異な経験に、僕の本質を垣間見てみたわけだ。
今はざっくり気づいただけだから、継続的に内省していきたい。