私は、塾體育會に所属して活動をし、そして塾を卒業した。

世間の(ステレオタイプかもしれないけど)評価としては、一流企業に就職ができて、それなりの生活をしていくという未来も見えた。

でも、自分の中の昔決めた目標のため、その切符を手放して、法曹を目指した。

 

法曹の道に突入した私は、法律の勉強もおぼつかない、そして、法律ができないときに個性を発揮させるための輝かしい肩書も通用しない世界で、毎日おぼれそうになった。

色々と法律以外の分野にも手を伸ばして、強がってみせた。

もちろん、やりたい、取り組んでみたいという気持ちがあったからこそ、実行したことに変わりはないのだけれど

それでも、自分が輝けないということに落胆して、ほかの世界で輝こうとしてみたのである。

今から思えば、本当に弱い人間でありました。

そして、周りの友人、仲間、かつての同志は、着々と社会的に見て輝かしい階段を駆け上がる。

そんな人たちを見るのがどうにも悔しく、まぶしく、直視できないから、自分から会いに行くってこともしなかった。

 

昨日の会話の中で

「まぁ、あいつは受かるよね」っていうことを僕以外のかつての同志がしていたことを聞いた。

もう僕のことなんて忘れていいと思うくらいの勢いで、勝手に距離を感じていた、とっていた。

でも、短時間でも話題にしてくれた。

そこは、(また)勝手にうれしがっていた。

厳密にいえば、まだ将来が決まった、固まったとは言えないのだけれど

少しずつ、そっち側の友人にも会いたいものだ。