私という人間が存在する意義といいますか、存在の仕方は、自分の内側にて自分をひたすら形作る作業をするだけでは不十分だと思われる。
外側から自分を定義づけしなければならない。
外側の刺激に触れ、自分の強さと弱さを知り、自分の外縁を知ろうとするのである。
自分がこの世界に対してどのような影響を及ぼしているのか、その限界をビクビクちまちまと探り探り生きていても、いずれは気づき得るのかもしれないけど、人生や時間が有限であることからすれば、迂遠な構成であると思う。
そして、それと同じようなイメージで、自分が持つ要素の対極の地位にあるものに触れるべきであると思う。
それにより、自分の手持ちが光るような気がしている。
だから、僕は、女子学生のバイブルと言われた19世紀末生まれの作家の小説を読むし、可憐な花に想いを馳せてみるし、古い文体にも飽くなき挑戦を試みるのである。
そして、頭脳だけでは不十分であるから、スポーツにも挑戦する。
それが、私の生き方のひとまずの性質であります。