この立場というものは、

あたれば非常に一貫性のある人間として強く出ることができる。

しかし、あたらなければ、さっさとメーンストリームから退散することになり、表舞台から外れることになる。

ある意味、極端な性格である私の生き方そのものな気がしています。

しかし、自己の生き方を達成できなかったときに失うものは、それ以上に大きい。

きっかけ、チャンスを失うというのはやめよう。

失意の中だけど、これ以上、何かを手放してたまるかっていうことさ。

 

極端「べき論」説ではなく、修正「べき論」説がいい。

柔軟性という意味で、もう少し縋ってみたり、潔さを排してもいいのではないか。

もうちょっとだけ、人生というか自分にわがままを言ってみてもいいですか。

最終的な結果が出るまでは、もがいていてもいいですか。

かっこ悪くても、結果を出せれば、大逆転ではないですか。

だから、もう少し、プライドは傷ついたが、ボロボロのまま頑張るよ。