高い。高い。
でも、高くていいんだとも思う。
被害者に寄り添うと思えば、このとてつもなく高いハードルはなんなんだと思ってしまう。
人によっては憤るのかもしれない。
でも、国家刑罰権の峻厳さは事実である。
これを行使せずに、Aの責任に見合った処分、Aのためになる処分ができるならば、使わないほうがいい。
どこか感情的になれば、悪いことをしたら罰を受けるのは至極当然だと思う。
それは更に至極当然の感情だと思う。
しかし、見合ったもの以上に罰を与えることは許されていないし、道理も通らない。
ここをいかにコントロールしたり調整できるかと考えたとき、純粋な当事者ではなかなか対処できないのではないかと思う。
明日は我が身というのは、正しい。
被害者が明日加害者になることだってある。
そういう意味で、どちらかに肩入れしてはいけない。
検察官は刑事司法の当事者であり、冷静な当事者である。