僕は『べき論』で考える。
これは自分のスタンスを形成し、一貫性のある振る舞いをするためである。
ただ、べき論に支配されて、べき論を達成できないから、それを諦めるとかいう。
諦めの良さとか、きっぱり感とか、とても潔くて気持ちがいいし、それに美徳すら感じる人もいるのだと思う。
でも、人生は、それだけ割り切れるものなのか、よく考えないといけない。
それを今日は、気付かされた。
それにしても、自分自身が赤裸々になることで、得られるものもある。
本当に痛感する。
がんばる。