人間は様々な一面をもっている。
それは、様々な考え方をもっているからであり、様々に行動するから。
そして、完璧でないニンゲンだから、全ての物事に通底するような一貫性のある考え方を発揮することができない。
だから、ある場面での発言が、全然関連性のない(条件関係すらないような)場面で引用され、おかしいとか何考えてんの?とか言われる。
言われる。
神格化や決めつけは嫌いだ。
批判したり攻撃する人は、完璧な人間はいないことが分かっていないのか、わかっていてもとにかく言いたいだけなのか。
どちらでもいいけど、もう少し、自分というニンゲンを見つめなおすことがあっていいのではないかと思う。
日々人生において、自己研鑽を積んで、死ぬ間際に一貫性のあるニンゲンになるのが生の全うの本当のカタチだという前提を置いてみて
そして、それをたった30年くらいの若者に、生のゴールを叩きつけることは、大変暴力的だと思っている。
言えば言われる。
それがこの世界だし、出る杭は打たれるのかもしれないけど
自分の考えを表現することが容易になったときに、自分の表現が冷静さを欠いていないかという点検をせずに、放つニンゲンが多い。
論理破綻していたり、それでも、言いたいのかなぁ。
自分の考えや意見を円滑に伝えて、より分かり合える存在になるというベクトルで、表現活動の容易さを利用できたらと思う。
便利さは、個人の尊重を蔑ろにし、民主主義とか日本国憲法の存在意義とか、たぶん、脅かしてる。