私が検事を志望するとしても、その目標が叶わなかったときのために別の選択肢を用意しておかなければならない。
それも、自分ルールに則ることは当然であるから、弁護士という選択肢も全力で。
これまで、(不確定極まりないのだが)検事になれば、法律事務所の内定は辞退しなくてはならないから、どこか申し訳なさというか負い目を感じて、法律事務所の選定につき怠惰であったと思われる。
しかし、よくよく考えたら、人生というものは少なからず選択の積み重ねである。
つまり、何かを捨て、何かを選んだ結果が今であるのです。
これまでに、実は同じような取捨選択は繰り返してきているはず。
それにもかかわらず、この人生の最終地点に向かう道を選択するにあたっては、妙な誠実さを軸にしてしまっている。
少なくとも、就職活動をしている間は、全力でやることによって、その時分の自分は全力で選択をしていることになる。
それでいいではないかと考えようと思う。
私が、仮に内定を辞退することがあっても、それまではお互い真剣に全力を尽くしたのだから、文句は言うことができないはずである。
いや、いうことがそもそも許されないと思う。
そして、道中を真剣に歩くあまり、最終地点における振る舞い方に関して考察を怠っていたらしい。
進路説明会に参加し、もう何度も何度も聞いている説明を受けて、飽きが来ていた。
それでも飽きが来るほどの内容によって、自分の中に刻み付けられていた部分がまた傷つけられ
抑え込んでいた想いが、流れ出るように感じました。
懐かしい血のテカリ具合、滲み出る速さ、見た記憶のある光景が私を久々の内省へと誘うのである。
落ち着いて考えてみましょう。