江利子と絶対

 

私が、現代の作家で読む数少ない本谷作品の一つ。

彼女は、劇作家であり、戯曲も書く。

ルーツが違うからこそ個性が発揮される。

個性という意味では、私も個性的だとか、変わっているとか言われることがあるのだが、私をはるかに凌ぐ個性がある。

文体も自由、とにかく流れがある。表現も。表現は、私なりの言い方だと、減価償却のような方法。

そして、物語の主人公は、ほんとうに、他にこんな人いないんじゃないかって思うほどのオリジナリティが溢れてくる。

本谷さんが飽き性らしく、同じ話は書きたくないというから、この点は、大変に徹底されている。

 

さて、人間の深奥に潜む良くないところをテーマにした作品ということで、どぎつい。

綺麗な道ばかり歩いていると気づかない。

でも、それに生を感じることもある。

生々しさとか欲望とか、本能のままとか、それこそ、生きるということなのではないしょうか。

そうすると、さしあたり、私の人生は、凝り固まり、理論武装をひたすら行う本心を読めないロボットのようにも見えてくる。

まぁ、普通に生きるならいいのか。