私は、だいぶ世間知らずでありました。
それは、一般的な教養に欠けるところがあるのはもちろんのこと、現実世界の流れをつい最近まで知らなかったから。
目に見える変化はあったにもかかわらず、知識がないから見落とすしかなかった。
やはり、ここ数年来(私がロースクールに入学したあたり)、資本主義の終焉を経済学者や国際政治学者のみならず、ビジネスマン、アナリストも警告していた。
もちろん、資本主義の延命措置を採るのか、ロシアや中国などの共産圏の台頭をうけ共産主義を掲げるのか、それとも、全く新しいイデオロギーの下の措置を提唱するのか、意見が割れているのは確かだ。
そもそも、私たちの人生の幸福はいったい何で、いつ追求すればいいのだろうか。
むこう数年間の幸せを得て、その先を捨てるということも幸せなのだろうか。
それとも、徐々に幸福レヴェルが落ちていく中で、あらゆる国民と心中することが平等な幸福ということなのでしょうか。
国内で対処することは不可能である。なぜなら、国外には様々な勢力がおり、様々な思想、自国の利益のために動きがある。
資本というお金そのものからやや離れて、価値主義を提唱するものもいる。
これより先、政治と経済は紙一重となり区別することは難しくなり、公益資本主義になるという人もいる。
貧富の差が拡大して、中産階級が没落することで、民主主義という基盤も薄れゆくだろう。
こんな中で、幸福とは何かという議論をしても無理なのかもしれない。
民主主義が薄れれば、結局、憲法の根本も揺るがすことにならないか?
本当にこの先の行く末について、しっかりと考えていかなければならないと思う。