何やら相関関係が気になる。
ロースクールの成績、直前期の全国模試の結果、短答式試験の結果、その日出会った大人の評価等々からやたらと最終結果を予測しようとしてみる。
しかし、いずれも可能性や想像の域を出ることなく、取らぬ狸の皮算用であり
そのふやふやとした生成物に対して
より一層の不安を覚えてしまう始末である。
祈りを捧げててもとくに変わるところはない。
最近、宗教に無意識的に惹かれているのはこのせいか。
わからない。
合否の発表が近づくにつれ、法律に対して無気力になる自分がいる。
このストレスを感じながら勉強するというのは、受験期とはまた違うストレスであるから、不思議だ。
落ちるかもしれないという恐怖からくるストレスに似てるが、正確には異なっている。
わたしにもよく分からない感情であります。
防衛的悲観主義者のなせる技で、今から精神的な保険を何重にもかけ続けてみせているのか。
今まではストレスの中でも何かしら続けようと躍起になっていたが、あまり生産性がないかもしれず、身につくか怪しいので、ストップしてみた。
普段とは違う散歩をしてみたりしている。
目的のない行動ではないが、今まで掲げたあらゆる目的からみて相対的に淡い色合いをしている。
致し方ないというべきか。


それでも、神さま、どうかお願いします。