緊張関係にある。
先程読了し終えた国際的なジャーナリズムをテーマにした本に書かれていた。
日本とアメリカの裁判記録等の公開範囲の違い。
市民のための報道、開かれた裁判、国民主権、一方で被害者、関係者のプライバシー。
日本が実は報道の自由度が高くないという国際的な統計が発表されていたことは耳にしていたのだが、改めて実情を知ったような気がしました。
マスキングが当たり前、遂には目的外使用の禁止。
これでは、訴訟になり利害関心があるべき問題について、閉鎖的な裁判所、当事者間でのみ一定の回答が共有されるにとどまる。
日本的といえばそうなのかもしれない?隠すことが美の亜種な気もしている。
しかし、それをきっかけに新たな火種は見つかる。
これをつたって、報道は切り込んでいくのがスタイル。
そうだとすると、あまりにも仕事がしにくい。
忘れられる権利というものについて判断した裁判例があり、結論として認めなかったと記憶しているが、仮に認められれば当人にとり都合の悪い過去はあらかじめ抹消、封殺することができ、余計に真実を手に入れることは難しくなるだろう。
真相を知らずに仮の平和に生きていくのか、それとも、真相を知って平和を常に目指すかの違いでありましょうか。