でした。
朝早い、遠い、暑いの三拍子揃った。
生徒数は10名。やりやすさはある。
先生も理解がある人で、ノリもよい。
さて、テーマは、法と道徳の違い、裁判員制度が中心だった。2コマの授業時間にしてはかなり盛りだくさん。また、法律家の紹介もあり、やはりやや詰め込みすぎた印象は否めなかった。
生徒側の受け入れ態勢はどうにも当日でなければ分からない。この温度差をいかに感知し埋められるかが大事なところにもなる。
感想は思ったより話に耳を傾けてくれたという印象である。
おまけとして法律家の紹介をした。
意図は、自分の知らない世界を知ること、選択肢を増やすことである。
このレヴェルだから、この範囲しか見ないというのは至極もったいない。
現実は厳しく、変えられないことのほうが多いが、諦めとは訳が違う。
だから、それを自身で確認するためにも、知ることが重要なのである。
このオモイ、いくらか届いていれば幸い。
法律に携わることは、必ずしも法曹三者になることではない。
弁護士や裁判官、検察官になることではない。
携わるなら、違う道もある。
スタートは、もう取り返しがつかないところにいるわけではないから大丈夫。
このオモイが伝わっているかどうか。
そして、裁判員制度。裁判員裁判。
1人の国民として、同じ仲間である犯罪者を裁く側に立つ。
授業では言わないこともあった。
見方を変えれば、裁判官が被告人に対して、自らの責任だけで死刑などの重い刑を課すことが億劫になってきたから
という言われ方もあるみたい。
制度の裏側を教えないことは、真実を伝えていないことに等しい。
しかし、興味関心を抱いてもらう段階であれば、これで良しとされるべきかもしれない。
まずは、目をこちらに向けてもらって、片足を突っ込んで、色々と見てみて、初めて気づき、そして、振り返り、戻るという選択をする。
真実を包み隠さずというのが教育のあるべき姿なのやもしれないが
それでも、教育上の見地から、言わないほうがいいこともある。
これは別に悪いことではないと思う。
また、これから確認する機会も必ずあるはず。
やや脱線し、そこを熱く進んでしまったのだが
概ね成功ということでよいみたい。
ひとまず、法教育は終わり。
次は、秋らしいよ。