いまは、時間がある。
人生は短く有限ではあるけども
全力で駆け抜けていく中で、どこか時間的にノロマなスピード感を持つことがある。
集中と非集中であり
闘いの中の刹那の時間、時がゆっくりと進んでいると感じるあの瞬間にどうにも似ているような気がしている。
それは、主観が動かしがたい事実を捻じ曲げようとしていることと同義だ。
また矛盾を抱えた時間でもある。
みんなが一様に休む時間に私は動き続けてきた。
止まることは後退だと考えていたから。
そして、大学も法科大学院もいつも何かが終わったあとに、どうしても取り組まなければならない何かがあって
ひたすら駆け抜けてきた。
しかし、今は、時間的余裕がある。
こんな想いは二度とできないだろうと思ってる。
そして、自分の中の負の感情は
真っ当にそのように感じているものと
小さい小さい気持ちが時間的な圧迫によって、濃縮されて熱くなっていた。
この圧迫、無くなったら
自分の中の負の感情も
とりたてて大きなものではないと分かった。
自分なりの冷静さとか落ち着きとかは
外部の何かによって、相当に制限されている。