そういえば、本試験も終わったことで(このキモチはつい何度も使ってしまう)
ココロの師である吉田松陰について学ぶ時間が増えた。
今は、歴史小説という観点から吉田松陰を学んでいる。
具体的には、司馬遼太郎の『世に棲む日日』を読んでいる。
勝手なイメージで恐縮だけれども、過去の学者は机の前に辛抱強く座り、ひたすら書物に向き合うという時間が多いと考えていた。
しかし、吉田松陰は、学問には必ず行動を伴わせるべしと説く。
すなわち、「実行のなかにのみ学問がある。行動しなければ学問ではない」という思想である。
やや飛躍するが、だからこそ、私にとり純粋な学者職は興味がない。
あくまで実践。実践こそが、自分のための学問から万人のための学問へと変容させる必要条件になると考える。
また
「古に仿えば今に通ぜず 雅を択べば俗に諧わず」
これは、清の時代に魏源が著した『聖武記附録』にうたわれたものである。
つまり、古学ばかりの世界に密着しすぎると、現今ただいまの課題がわからなくなる。また、格調の正しい学問ばかりやっていると、実際の世界のうごきにうとくなるということである。
学問とは蓄積と発展を絶えず繰り返すものであるから、片方のみに偏ってはならないと思う。
真の理解と絶えず不完全というディレンマに生きることが学問ではないかと。