予測可能性を害することこそ、生きること。
だと考えてみた。
去年の今頃は、意中の相手を口説き落とすことに躍起になっていた。
このような表現にすると、些かチャラついてるように感じるため、訂正。
自分の気持ちをひたすら伝える作業をしていた。
僕の中の真っ直ぐなところは、いい時も悪い時もある。
真っ直ぐさは、諦めが悪いとも言い得る。
しかし、人間くささを出してみた。
とても年を超える気分なんかにならなかった。
さっきも書いた通り、
あのときの轟々としたキモチを抱えていたから、年越してリセットされただなんて毛頭思わなかったし
リセットされてこのキモチが見せかけだったり、虚構だったりと少しでも感じてしまうことに怯えて
必死で平静を保とうとした。
だから、それをうまいこと乗り越えてから、年越しに騒ぎ立てることに無頓着になってしまった。
そして、得た。
学生の本分は勉強ナリ。
ただ、私はやはりよそ見が多くて、様々な活動を相変わらず並行した。
勉強は、ほんの少しだけ前に進めた。
そのほかは、うまいこといった。
悔しい思いをして、自分の未熟さを呪ってみたが、
世の中限界とかはある。仕方ない。
だから、受け入れることこそが前進。
前進したかった。
結果が求められる。結果だ。
だけど、同時に幸せも保持している。
薄まらないように、ここに関しては、日々リセットして、新たなキモチで臨まなくてはならない。
いないことで、探し出せたキモチもある。
だから、いいのだ。
そして、来年は。

そんないちねんだ。