男子目線で語っているということはひとまず忘れて欲しい。

 

アメリカの男性俳優が過去のセクハラ疑惑を告発、それも、メディアに告発されて大々的に報道されている。

人によっては、否定し、謝罪し、仕事を降板もしている。

そして、全世界でもこのような動きが広まっている。

日本版NewsweekにもMe too運動で立ち上がろうという主旨の記事が掲載されていた。

語弊を招く表現ではあるが、いわゆるトレンドなのである。

しかし、セクハラは問題で断固として泣き寝入りをしてはいけないと思う。

が、メディアに有名人を告発することで、社会的な制裁を与えていることに気づくべきだと思う。

ときに、マスコミによる社会的制裁は、人の命を奪うこともできる。

それも、厳格な刑事手続を経てすらいないのに。

このようなことはあってはならないと思う。

自力救済も禁止されている世の中では、被害者も加害者と成り得る。

それでいいのだろうか。

制裁によってもたらす被害の範囲を自分でコントロールすることができるのだろうか。

それ以上の何かを与えたときに、その被害者はどうするのだろうか。

当然の報いだと思うのだろうか。

その人が死んだら?

たしかに、被害者にとっては、対抗策に乏しいから、みんなと手を取り合って、セクハラが許されてしまった風潮に対抗しようと考えているのかもしれません。

そうすると、たしかに、相手は一般社会であり、加害者個人ではない。

しかし、そのように割り切ることも、便宜的に過ぎるように思います。

私は、公正な第三者の目で判断してくれる裁判を利用すべきだと考えています。

一私人が、キモチも理由も理解はできるが、制裁をすることを直ちに正当化することができないと思います。

まぁ、セクハラをした加害者がいけないことは十分承知で、将来、検事になったら、絶対許さない。

しかし、そこは、任せてほしい。っていうことです。

 

これで、世の中の女性を敵に回すことになりそうですが、私はそのように考えるのです。

なお、倉田さんという女性有名人も同旨の意見をいうものと思われます。