「先生、最後だと思って会いに来ました。」

 

この一言は、大変教師冥利に尽きるものといえます。

私の大学における教員の任期は今年度まで。

すなわち、来月には最後の授業が控えている(もちろん、長い目でみれば、一時停止という言い方になるでしょう。私は、いずれ、まだ教育界に帰りたいと心底願っているため)。

いま、履修していない学生が、私が今年度ラストということでわざわざプールまできて会いに来てくれる。

まったく、このうえなく嬉しい。

もちろん、今日が最後なわけではないのですが。

たった1科目。たった週に1回の授業だけど、ここまで繋がれる(やや過剰か)ことが嬉しい。

人と内面のもっと原始的なところで繋がれるというのが、教育だと思う。

そして、こんな未熟で未完成な私に対しても、教えを乞うてくれる、会いに来てくれるというところ。

あぁ、どんなことがあっても、この教育という時間を無駄にしてはいけないと、考えるところであります。

人に教えるためには、まず自分が成長しろよというのはごもっともな指摘。

甘んじて受けようと思います。

しかし、自分のことを差し置いても、全力で接するというのが、私のスタイルであります。

また、あいにく、母校の教えは、半学半教。

すなわち、教えながら学ぶ。

つまり、完璧な立場で常に、接することは求められていないと善解できると考えている。

教える場面で、どれだけ自分が同時に学ぶか。

そういうわけで、大変ココロがほっこりしてしまったわけであります。