人生で最も熱い想いをしたのは、やはり元主将とコーチ関係を築いて、あの夏の大会に殴り込んだことであろう。

自分でも驚くような結果が出たから、実感がなく、実感がないというのは、あまりよく覚えていないということに帰着する。

ただ、選手でもないのに脈が速く胸が高鳴っていた感じだけは、なんとなく覚えている。

コーチとしての私を押し上げてくれた人。

今の自分の自信を作ってくれた人。

何度もいうが、感謝しかない。

そして、彼のように人望があり、人脈もある人なら、私よりもずっと有能なコーチに師事して、ラストイヤーの活動を進めることはきっとできたはずである。

もちろん、所属していた體育會という組織の伝統的な考えから、出稽古や外部コーチの活用はひどく限定的であった時代であるから、周りがそうさせないという環境があり、だからこそ、消極的な方法で私しかいなかったという考えも成り立つ。

それに、実は、私の知らないところで、援助をしてもらっていたのかもしれない。

しかし、練習メニューには文句を言わず、體育會生としても一年未熟な私の話や考えを聞いてくれる姿勢、指示もちゃんと聞いてくれる。

まさに選手の鑑であったと思う。

 

回顧するだけでは、ただの老人である。

何が言いたいかといえば、いずれまたタッグというか同じ目標に向かって時間を共有できたらなということである。

ビジョンはこれもまた限定的である。

それは、代表取締役と一弁護士という関係になるでしょう。

また、立場も大学體育會時代のそれと共通するところが大きい。

結局、私は未だ夢の途中ということである。

そして、この急激に高まりつつある想いを伝えたくてたまらないのである。

まぁ、しかし、秘かに温めておこうと、思いとどまる自分もいて

BLではないのだけれど、想いをことあるごとに致すのである。

自分の夢って、経験上は、自分が叶えたい夢なんだけど、どこか微妙に異なるように考えています。

私の場合は、誰かと熱い関係でやっていくことなのかな。

それとも、一生かけても、恩返しできない想いを愚直に返していく姿勢なのかもしれません。

 

10年後。20年後。

分からないけども、絶対、またセッションしたいね。