私たちニンゲンには将来の確実な予測ができない。
その意味では、常に受動的に生きていると言える。
消極的でもある。
だからこそ、自分の身に起こった事象の外面的な意味にとらわれず、本質を探求しなければならない。
検証することこそが人生だとすれば、命を終えるその時まで、アタマを使う生き方が求められている。
この失敗というか、どん底をどのような意味に解釈すべきか。
そこは、勝手な解釈でいいと思う。