私の尊敬する先輩の父上には、よくしてもらっている。

もちろん、ああいう性格だから、私のような者は他にもいるはず。

だから、決して、自分が特別な存在だとは考えたこともない。

それだけは断っておく。

 

私はどうやらここまで(ロースクールに入学するまで)は、客観的にみて順風満帆できたと言われた。

努力や苦労もしてきたけど、概ねそのような評価ができるらしい。

だから、いま、ロースクールで勉強していて、思うように結果が出なかったり、周りのコツコツと勉強してきた奴らと戦って勝てないというのは、必要な試練であるとも言われた。

自信喪失の一年半だったけども、あのとき救われた気がしたよ。

おれは、まだ終わってないってね。

挽回するチャンスがあるのに、なんだかいじけたり、不戦敗しようとしたり、ださいことばかり考えていた。

ギリギリでも、いいから、勝利するというあの感覚が今の私にはなかった。

いまから、水泳のコーチングを振り返っても、あまく見ても、長年コーチをしてきた先生には勝てない。学者ほど知識はない。

そこで、なぜ、一定の結果が出せたのか。

やるしかなかったからだろうか。そんなことまで考えているイトマはなかったのだ。

結果を出すために、どうしたらいいのか。

効率的に生きることしか考えていなかった。

挽回のチャンスはまだある。

ここから、何とか爆発してみせる。

原則、爆発はない。勉強は努力や時間だから。

でも、原則がある以上例外はある。

 

(自分のバイト先の徒歩5分圏内に、尊敬する先輩とその父上のオフィスがあるという事実が発覚して、運命を感じている。いつか、また一緒に戦えたらと思う。あの大学のときの、ワクワクは異常でしたので。)