自ら物事の二面性について言及することが多いのに、一方のみ、とりわけ悲観的な面だけを強調する性癖があるのは、いかがなものかと思う。
しかし、現実にキモチに作用し、その瞬間のスタンスを決めるのは、どうやらネガティブなときが多いようだ。
嬉しさとは一瞬であり、ネガティブとは低強度でも継続的に作用するものという位置づけなのかもしれない。
一瞬の華やかさとは、インパクトも刺激も大きく、余韻すら感じられる。しかし、余韻とは、実体のない幻であって、そこに現実はない。
他方、不安にさせ焦燥を駆り立てる地味さは、床一面に広がり、どの方向へ歩いていくにしても、付きまとうなのである。
しかし、床一面に敷き詰められたモノゴトをいかに解釈するかで変わってくると思う。
その時分、誇りをもって生きていたか、後悔していないかという点で見てみる。
そして、この表面積の広さをモノにできないかを考えるのである。
そこで、アタマを遣えなければ、犬死。
だから、アタマを使うしかないのだよ。
現在の手持ちにある材料をいかに使えるか。
素直さやネガティブに認めることもあれどね。
昨日は、さんきゅう。