スポーツにおいては、調子の上下というものがよく存在することは承知している。

しかし、勉強は、そんなことはないと考えていた。

一度身につけば、いつでも、テストでは答えが書けると思っていたから。

ここ最近は、これに倣えば、調子が悪い。

気づいたのは、刑法のある問題を答案構成していたときに感じた。

検討し忘れも多いし、

あぁ、全体的に駄目だ

と感じてしまったのだ。

基礎が欠落してしまったのか、体調が悪かったのか、その時分は全く集中していなかったのか。

原因は考えれば考えるほど、浮かんでくる。

これが、調子か。

勉強というものも、多分に生物的要素を含んでいる。

しかし、これは、それなりに、一定程度、真剣に勉強に取り組んでいるからこそ、感じることなのだと思われる。

もちろん、量が多いということが直ちに、一定程度を充たすとは考えていない。

週2回のトレーニングでも、調子をすごく考えるわけだから。

私の根幹に触れるようになってきたということであろうと思われる。

 

夏休みは、もっと集中して取り組めると思ったが、当初の想定よりは芳しくない。

結果待ちの事項が2つあることが原因なのか

男性として思い悩むことがあったのか

定かではない。

特段、遊びたいとかいう現実逃避は考えていない。

スケジュールの立て方がよくないのか。たしかに、抽象的にあいまいにしたところもある。

春夏学期のリバウンドがきてるようにも思う。

よくない。

そろそろ、切り替えねばと思うのだが。

通常の意味の切り替えではないと思う。

なぜなら、授業期間と同じように勉強をするという点は同一だからである。

キモチの持っていきかたを工夫せねばと。

まぁ、でも、そんなに焦っても、キモチばかりは変えられないとも思っているわけである。

来週には、模擬裁判刑事がある。

検察官役として、実体的真実(刑事訴訟法第1条)を追求し、公益の代表者として、被告人に適正な処罰を求刑する。

この点は、とくにストレスはない。

その先に現役の検察官にお会いできる機会がある。

自分がなりたいものにお近づきになれる機会なのではあるが、逆に

本当にこんな人になれるのか

と考えてしまう自分もいる。

修習中の振る舞いとか、起案とか、そういう成績、適正

色々と話を聞いて、構えてしまっている自分もいる。

あぁ、もしかしたら、この点なのかもしれない。

先のことをよく調べていると、本当にこの路線に乗れているのか

不安になって

すぐさま確かめたくなって

それが現実に行わなければならない事柄と違えば

そちらに身が入らなくなるのである。

きっとそういうことかもしれない。

しかし、将来は、現実の積み重ねでできている。

現実を蔑ろにする生き方ほど、将来に繋がらない。

今は、淡々と過ごすほかないわけである。

不安の現実化は、起こりつつあるわけであるが

不安は、自分の脳内で作り出した幻想にすぎない。

もう少し、冷静に淡々と生きましょう。

 

って

自分で勝手に納得したわけよ。