私の中で、感情の向け方の指針を変更した。
ぴちぴちのタイツをはいて、あそこもっこり。
おしりは食い込み、決め顔。
なんていうスタイルで生きているのだと考えていた若かりし頃。
それゆえ、芸術の世界とは恥じらいを捨てた世かと勘違いするのである。
あぁしかし、しかししかし
そんなものではない。
あほうだったのは、わたくしめだったのです。
強靭な足から繰り出される脚力で、人は一時的に空中に浮遊し、不特定多数人の視線を一手に引き受ける。
そこから、ダイナミックに半回転し、ひざまずいて決め顔。
凛々しい黒眉に濃いめな顔。
一歩間違えれば、パンダの戯れしか記憶していない。
トーシューズの構造が知りたい。
そして、脛が疲れるのか、大腿筋のどこが疲れるのか、聞きたい。
ポロリの恐怖を、私も臨場感あふれる場所で経験した。
ポロリしていれば・・・。
ダイナミックさと繊細さという二律背反の事象が、共存しているからこそ、美しいのです。
というか、私は、それを抽出できたからこそ、大変感銘を受けたのかもしれません。
それらが共存することは、その世界を全て掌握したということですから、
おひとり様を見るだけで、世界を体験できるわけです。
ですから、貴重であり、秘宝となるのです。
それを、さらに魅力といいます。
ダイナミックと軽やかさという点でもいいかもしれません。
とにかく、陰と陽のような、共存を見ることができたから、ココロが落ち着いていられないのかもしれません。