どの世界で、どの相手と触れ合っていても、それは起こる。

閉塞感をもたらす。

ただ、自分が自分である以上は、当たり前なのだ。

自分の生き方のルーティン化ぶりに、どんどん疲弊していくのである。

習慣は恐怖を打ち砕き、時間を作り、疲弊させる。

いいことなのかよくわからなくなる。

ただ、自分が自分である以上は、当たり前なのだ。

自分の生き方を確立すれば、こうなる。

生き方を確立せずに、フラフラ生きていくより、よっぽどいい。

だから、原始的なところで、そのものに愛着を覚えなければならない。

愛着とはなんだ。

平面にシンプルに想いを致すことか。

最近の自分は、クスリのせいで疲れやすくなっている。

同じタンパク質めがけて、攻撃しているせいで、とんだ飛び火も散見される。

あとは、ある主人公の勇気にあてられて、興奮している。

かっこいい、あぁかっこいい。かっこいいのだ。

わたしは、完璧を目指したいと思うのだが

これが疲れる原因なのだ。

こればかりは、及第点でも存続という気概をもって臨まなければならないのだ。

よくかんがえろ。

わたしが、なにか自分に刺激的なことをしたか?

人生を楽しんでいるか?

この微妙な閉塞感を打開するような方策を履践しているか?

与えられるのを待っているだけの坊やなら、わたくしの中にはいらない。

能動的に生きよ。

何かを変えることができるのは、おれだけ。