今日のお昼前の授業中、自分のアイポンのツイッターの通知に例のMのコトバが流れ着いていた。漂流なのか?
いや、自分がそのコトバに気づいたら引き寄せられていたのかもしれない。
思想とは、覚悟のこと。そして、常に確認しなければならない。
そのコトバとは、大要この通りであった。
思想とは、覚悟。覚悟を決められる人間には、確固たる、ゆるぎない思想、考えがあるのだ。
だからこそ、覚悟を決めて、一心不乱にモノゴトができる。
さすれば、物事も大成しやすいであろう。
しかし、これは、既にインプットが十分な人格者が行うことである。
私は、いまだ、経験や知識、知恵が足りず、しばしば乱打戦、奇襲をかけるしかない。泥仕合そのものである。
だからこそ、今は、小さな覚悟を積み上げて、己の思想を形作っている途上である。
薄っぺらい覚悟であったとしても、そこには本気の自分が必ずいる。
その本気の自分が、思ったこと、考えたこと、実際にやったことが、自らの原始的な思想に裏打ちされているのだと信じているからである。
最近は、忙殺されていて、いまもなかなか勢いがおとろえぬ。
しかし、これが充実であった。
しかし、このような思索にふけることができず、イライラはしていないが、すっかり忘れていたことに驚愕している。
あやうく、ただの人間に成り下がるところであった。