わたくしたちには、およそ気づかない発想があるのさ。
あるポジティヴな意味で使われるコトバを、積極的に定義するのではなく、消極的に定義することで、そのもののありがたみ、貴重さ、かけがえのなさにぶち当たる。
コトバの裏面の可能性に気づかされるのである。
信仰が、呼び寄せる。
聖書に綴られた文字とイエス様のコトバを追いかけるだけの定型的なものではないということだよ。