吉田松陰は、絶望時の読書こそ真の読書だという。

過激であり理解しがたいこの人物を私は心の底から信奉しているのであるが、さすがに意味が分からなかった。

しかし、この数週間の追い込まれようで、おそらくこれであろうという一定の想いを感じることができた。

そう。結局、一つのものにすがり、そのものを全部吸収してやろうという姿勢なのである。

これは、私の勝手な解釈であるから、異論は認める。

頭の回転が一向にとまらない。

そのまま首から離れて飛んでいってしまいそうだ。

まぁ、それでも致し方ない。

私が自身の頭をとめおいてやるだけの首の力を持っていなかっただけのこと。

世のなかは、淡泊に切ることができる。

少し解放されたため、中々、目の前のタスクにかかることができず、よけいなことを考え続ける。

これも、動き続ける頭を持て余しているということであろう。