決定論(これをよく理解せずに話すのは憚られるが、恐れず文字通りの解釈をしてみる)とか
運命なんだよ
とか、そういった類の言葉は存在する。
否定はしない。
ただ、あらゆる無数のファクターによって形作られている日常生活、人生においては、その決定ということが意味を持たない。
なぜなら、絶えず変化するからだ。
そして、私たちは、刻一刻と死ぬまで休みなく選択を迫られる。
さらに、一度選択したら、原則戻れない(迂回して、元の位置に戻ってくるかもしれないが、それは果たして以前と同じ地位にあるといえるのか?)。
だから、日々感じていることなのであるが、その中でどうにも、それとは一線を画す瞬間がある。
それは、変化があることは分かっているものの、基準点から明確に今後の生きる道が分かれるときである。
具体的には、関東2部落ちがかかったレース。
これは、天国と地獄だ。
気分や戦うフィールドまでガラリとかわる。
そんな岐路に立つ直前の
あの宙ぶらりんな心持ちといったら。
上下左右、何ものにも触れていない感覚。
だけど、地に足をつけなきゃいけないという追い込み。
その岐路を過ぎれば?
喉元過ぎれば熱さ忘れる。
思い悩んで過熱されていたことを、忘れかける。
少なくともそれによって、涼しい場所にこれていればとおもう。
それが、先週の日曜日の試験であった。
もう既に日常に引き戻されている。
この何事もなかったかのように流れ込むものが、案外良いクスリのような気がしています。