ミュージックに明るいわけではないけども、ココロのスキマに流入してくる感じが好き。
毎日を時間に追われていると、ミュージックを聴くことをどこか忘れる。
そして、疲れたときくらいに思い出す。
ちょっと遅い。
やさしい気持ちを聴いて、優しい人と手を繋ぐことを疑似体験している。
相変わらず満員電車で公衆に隠れてブログを執筆するというプライヴァシーがやや害されているが、めげない。
次は、試しに前前前世を聴いてみて、さっきと併せてキミと生まれる前から運命だったことを脳内にこすりつける予定だ。

そういえば、既にわかりきっていたことを現実に過ごすときになって、うろたえることが嫌いだ。
というか、そうならなかったからこそ、色んな死線をくぐり抜けて来た。
先輩からの言葉であったが。
戦場から離れると、どうも言葉だけが形式的に残って、その実質的な中身を体現する気概だけが失われている。
まったく世界遺産だとか記念物のような代物に落ち着いてしまっている。
大事な言葉は、自他共に意味のある状態で保存しなければならず
それができていないなら、使うべきではない。
形式は、大事だが、軽々しく前へ独り歩きする。
実質は、舞台が用意されないと、踊らないプリンシパル。

というわけで、遅ればせながら
やっと、メンタリティが固まった。
遅くなって申し訳ない。
寂しさはあるけども、織り込み済みであった。
そんなこと確認せずに合意したわけではない。
それは、泣き寝入りすら許されない合意内容なのである。
まったく女々しいオトコよ。
しかし、ミュージックは素晴らしい。
あの言葉を使ったときのミュージックをヘビロテして、ホントの意味を自分の芯から導き出す。

ただ、依然として
大好きな相手方が楽しんでいるときのコミュニケーション方法は持説が固まっていない。その点は、申し訳なくおもい、どこかで勉強してこようと思います。

待たせたね。