人生にはつきものだ。
纏わり付いて離れない。
1日が24時間しかないから?
寿命が定まっているから?
この先に待っているあらゆる場面を想定しつつ、その想定し得た選択肢の中から最良の肢を選ぶ。
そのときに浮かばなかったものは、仕方ないし
選択した肢が、果たして最高のものなのかは、また別の話である。
だから、結局、人生とは自己満足を達成できるかどうかの話なのではなかろうか。
何かを諦めなくてはいけなくて
何かを切り捨てなきゃいけなくて
何かに無頓着にならなきゃいけない。
ポジデイーヴなことだけを手にするなんて、あまい世界じゃない。
ときに、社会から疎まれ
そうではなくとも、時代の潮流が許してくれないときもあるかもしれない。
順番を大事にし、秩序づけたい世の中だから。
掻き乱すということは、あまり求められていない。
手柄を立てれば、上にいけるという話もごく限られた世界のお話ではないか?
それにしても、夢に突き動かされ、夢を見て、夢に散るなんていう、振り回されっぱなしの人生には、全く興味がない。
夢は叶えるものであり、現実のものにするのであり、過去を美化するためにあるのだ。
それ以上でも以下でもない。
この世界を変えるのは、認識ではなく、行動だ。
それ以上でも以下でもない。
こういう風にすべきという実体を欠いたべき論が、どれほどの人々をがっかりさせてきたことか。
変えるには、行動なのだ。
行動のために、方針を固めよ。先を想定せよ。本心を見つけよ。
そういうことだ。