自分がこれまでの人生で挑戦し、経験し、そして、培い、纏い始め、さらに、素肌にしれっと着飾るようになった価値観を崩すことが、恋の一定義となり得ると思われる。
ここ数日の内心の状況からして、私はあのころより多分に変わった はず。
喧騒の中でイヤフォンを耳にはめ込んで、雑音をミュージックで搔き消し、気にしないようにして、自分の中に閉じこもる。
自分の知らない自分に会いに行くのだ。
ちょっとした寛容と既成事実化によって、世界の見え方は変わる はず。
今までは、自分の思うまま、信じるところで世界を形作ってみたけど、それがいかに脆弱で、独りよがりかがよくわかった。
この世に完成はあるのかと問う必要があって、その答えは、無いと言うしかなくて、少し虚しいキモチになりながら、ホワイトモカをちびちびと啜るのである。
これは、果たして、正しい飲み方なのか、ときに立ち止まって考えてみる。
これも、答えはでない。

先の見えないことを必死で見ようとしてみると、なんだか、微かに見えてくる。
要は、やってみること、努力してみること。
努力は、原則裏切らない。耐え難い運命を受け入れなければならないこともあるから、これも、完全ではない。
不完全なものを完全と言い塗りたくることだけは、あってはならない。

あと6時間。