私の24時間中には、いたるところに習慣化された事柄がある。
朝起きてフード付きフリースのファスナーを顎まで上げ切るとか
毎日蜂蜜をなめ、チーズ、R-1を飲み
歯磨き、洗顔後
お風呂のあとのストレッチングや肌ケア
などと多岐にわたる。
それらをいかに、新しい生活においても実現できるかが問題。
ルーティン化の弊害は重々承知であるが、しかし、ココロの落ち着きを手に入れるためには、継続が肝要なのである。
私の些細な自信や自我は、このようなあらゆる分野にわたる事柄の小さな積み上げによって構成されている部分がある。
それらは、大きな影響があれば、変化するのであろうか。
まったく不透明なのだが
あらゆるルーティンを淡々とこなしていく作業ゲーが好きなのである。
ルーティン化の目標は何かと言えば、にわかに答えることができない。
良さそうだから、やっている。
生活というか自分のヒトとしての型である。
枠組みのないものは、脆弱であり、ぐにゃぐにゃであり、芯無き者には、大事は乗り切れない。
泰然自若というコトバを暫く座右の銘にしていたこともあって、今は言わなくなったけども、どこかその精神の破片が散らばっているようだ。
私が私を発揮できる瞬間は、それらが実現されているときさ。
そうでないときは、旅行気分か、及第点の自分で戦うことになる。
まぁ、しかし、それも修行やと囁いてくる自分もいるから、
神経質になるまで要求しているわけではない。