大したことないことを大層に書く技術な。
昨日の昼は雰囲気に拘ったインディアンカレー屋さんのポークカレーを食べながら
同じく隣りでチキンカレーを食べるキミに対して
掃除機がどれほど嫌いなのか熱弁しておった。
掃除機の機械音には、怒号と騒音と苛々を思い出させられる。
あの無機質な機械音は、有無を言わさず、何もかもゴリ押しにする。
夜の静寂さえも、ビリビリと破いて台無しにしてしまう。
便利なところは認めるが、それ以上にリスクがでかいのでは?と思う。
最近は、明瞭に意識し始めた結果、掃除機の音を聞くと、思わず耳を塞ぎ、心臓が痛くなり、その場から逃げ出したくなるのである。
一人でいるのは、どうもいけない。
周りに人がいれば、なんとかそれに支配されないように、自分を振り回すのだが。
そう、昨日の、しかも夜に、家で掃除機をかけ始めたのには、絶句した。
なおさら、家を出たくなる。
この夜半に、そんなことするのかい?正気かい?と思ってしまう。
掃除することは悪くない。
掃除機を使うことを否定するわけではないけども、タイミングはそれなりに重要であると思う。
変なところで、自分がやたら敏感になってると思うのだが
どうも小さい頃の嫌な思い出というのは抜けきらない。
尾をひくのである。
願わくば、掃除機のない世界。
いや、無音ならいいのだが。