先のこと考えると、不確定要素が多く在って、少なからず不安になると思う。
不確定要素が多いのは仕方ないことだ。
現在に不安を感じないのは、感じたとしても先よりも相対的に不安を感じないのは
実際に触れたり見たり聴けたりすることができるからだろう。
不安はオバケであって、結局、自分の脳内で創作されたもの。
しかし、先の楽しみといえば、先がわからないことだろうと思う。
矛盾なのだろうか。
いや、矛盾ではなく、両面、表裏の関係を論じているのに等しい。
プランナーの私は、いつもワクワクしながら、モノゴトを考えていた。
これをやったら、こうなるかなとか
こうしてみると、もっとよくなるかなとか。
とにかく、自分のアタマでしっかり考えて突き詰めれば、ほぼ(ここは重要)プラン通りにこれていた。
これでは、運命に身を委ねず、自ら自らの進むべき道を望む世界を作っていけるのだから、どこか優越感に浸ることができるのである。
もちろん、括弧書きのとおり、現実はそう甘くない。
今回は先が長い。
それでも、どの男女でも通過する道を通ることには変わりがない。
結婚前の男女である限り、一般的な問題に直面するのだろう。
しかし、イマを見つめることが重要で、イマの積み重ねがサキであるだから、イマを蔑ろにして進めない。
だから、感度良好のまま進むことになるだろうし、衝突もある。
サキを見据えるあまり、一喜一憂を控えることも、どこか間違っているようにも思う。
イマを大切にすることって、いったいどういうことなんだろ。
イマを大切にしすぎて、サキを壊すこともある。
サキを気にしすぎて、イマを薄味で味わうこともおかしい。
サキは、イマの積み重ねだ。
何が大切なのかわからない。
全て大事だと言えばいいのだろうか。
それは、少し乱暴だろうか。

いずれにせよ、血が通ったお付き合いにしたいのだが。