誰かが傀儡のように自らの肉体を動かす。
誰かとは、まったく比喩表現というか擬人であって、そこには、心内の内容が当てはまる。
だから、己のココロに誓ったものがなんだったのかという回顧に 自動的に繋がり、
とにかく内へ接続されるのである。
あの頃は、全員の真摯な目標であり、チームの目標であった。
どこか使命感に駆られていた。
他人のためのほうが、やたらとチカラを発揮できる性質だから、この方が性に合っていた。
そして、それが終わり、暫く自分のためだけに生きてきたが、どうもイマイチだったのである。
しかし、自己の限界を感じることができないという耐え難い人生の空白も
最近終わりを感じている。
己の魂に誓ったものは、あれとあれだ。
またあの頃の強いおれに戻れそう。
なにかが、おれを揺り動かす。
それは、
今まで見えてこなかったところが見えるようになり
新しい道を教えてくれ
裏面から斜めから新しい視野を提供してくれるものである。
見えない愛が見えるようになってきた。
我が肉体が止まるときは、死ぬときであり
そこまでは轟々と進むことにする。