わたくしのいけないところ。
あまねく、隅から隅までやってしまう結果、さらに大事なものを失っていること。
なぜ、その失ったものに気づかないかというと、現在取り組んでいることに価値を見出し、それなりの利益が得られるからだろうと思う。
やはり、物理的にも精神的にも遠い世界で待っているひとつなぎの大秘法よりも
目の前の10万円なのであろうか。
まったく、ロマンのないオトコよ。
遠く瞬く星や月は見るくせに
足元を転がる石を見ようとしない。
いや、これは当たり前か。例示としては、不適切。
だからこそ、わたくしの中の修行はこの点にあるのではないかと思う。
また記事を改めて書こうと思うが、わたくしのコーチングの最大の弱点、つまり、人としての最大の弱みの一つは、ここにある。
あまりにも現実的な物差しで計ってしまうことが大きい。
ここでは、なぜか、煮え滾る情熱も影をひそめる。
はて、どこにいった?
冷静さとは残酷よ。
冷たさとは、現実のことよ。
しかし、わたくしなりの解決方法を模索しており、一定の回答を最近ゲッツしている。
いやはや、これには私自身の成長が肝要であるし、また自分で自分を騙すといった作業
あとは、お得意のことをあえて、この時分に発揮できるようなコントロールをするのである。
具に見ることが、玉に瑕なのだ。
見えていることがすべてじゃない。
視覚の発達した私には、どうもここで正義
現実を捉えるきらいがある。
しかし、見えないことが直ちにいけないことではないのだ。
世の中、お金以外の大事にしたいキモチは、どうにも形にならない。
水を通して、波紋とか溢れ具合から、実態を感じ取ることもできない。
ニュートリノでさえ、スーパーカミオカンデを駆使して、その存在を計り知ることができるのに。
まったく、この宇宙で、そして、宇宙のさらに外延に存在するかもしれない何かの中で
わたくしたち人類が、初めてではないか?
見えないもの、実態のないものに翻弄されるのは。
そしたら、唯一無二なのだから、嬉々として受け入れるべきなのではないか?
丁寧さのため、逸失せぬように
ひとまず、相当な諦めと冷静さを。